「あと余命1ヶ月です、っていわれた。うそだよね?」 母親から悲鳴まじりの電話が入って、私はただ事ではないなと、 仕事をすべてほったらかして、私は実家に向った。
普通、その段階で、仏壇や、お墓の用意を始めるらしい。 でも、それやっちゃうと、本当に死ぬみたいじゃない。 目の前の父は生きている。たしかにやせこけてたけど、 お墓も、仏壇も、用意したら、この人の死を 認めることになってしまうじゃないか。
だから、わたしも母も、一切仏壇とか、お墓のことは 口にしなかった。 ただ、リビングの明るい日差しに当てることで、 朝がきたこと、今日も生きていることを感じさせて やりたかった。
リビングの日差しは、春のうららかな光に照らされて、 今思えば、仏壇を置くにぴったりの環境だった ように思う。ついでに言えば、仏壇を照らすために ぴったりなダウンライトまでついでいた。 もちろん、仏壇を照らすためにつけたものではなくて、 たまたま私が挫折したピアノを照らすものであったのだけど。
普通の家だったから、仏間がなかったわけじゃない。 リビングの向こうで納戸のように、いろんなものを放り込んでいて、 とても、仏壇を置ける環境ではなかったし、 あんな暗くて寒いところに、仏壇を置くのには抵抗があった。